かつよりくん

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更新日 : 2013/12/20

土佐に生きた「かつよりくん」は、地域の人に愛され慕われて、地域の神社仏閣を建立したり、玄蕃踊りや玄蕃太鼓などの文化芸能を好み普及し、地域住民と町おこしに活躍した日本を代表する戦国武将です。

【武田勝頼とは】

名だたる戦国武将・武田信玄の四男である甲斐武田家20代当主「武田勝頼」は、定説では天正10年(西暦1582年)天目山で自害したとされていますが、仁淀川町に残る記録(武田家系図)では、勝頼は当時の土佐に落ちのび、その後、この仁淀川町大崎に入り、以後、名前を「大崎玄蕃(おおさきげんば)」と変名し、この地で26年ほど活躍し、慶長14年(西暦1609年)8月25日64歳で逝去され、鳴玉神社に葬ると記録があります。


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