【大会議】うえやまとちの漫画でクッキング レポート

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更新日 : 2017/05/11

うえやまとちの漫画でクッキング

漫画家大会議の歩みと同じ3回目を迎えた、うえやま先生の大人気料理企画。今回はこれまでの2作品の料理を実際に食すという試みも。そして、今年はどんな料理が飛び出したのでしょうか。

 

■出演者/うえやまとち先生

    大藤彩美(フリーアナウンサー)

 

▼ダイエット中でも盛り上がる、高知のおいしいお酒の話。

大藤彩美(以下、大藤):先生お帰りなさいませ。先生には毎年高知にお越しいただいております。

うえやまとち(以下、うえやま):はい、3回目です。(漫画家大会議に)全部来ています。何回来てもほんとにいいところですね。

大藤:ありがとうございます。先生はお酒が好きとうかがっています、高知の地酒の中では何を召し上がりますか。

うえやま:僕は今ダイエットをしようと思って、日本酒を飲まないようにしているんです。でも、とてもおいしい日本酒があると聞いています。美丈夫?

大藤:そうです。高知の地酒はたくさんありますが、私がおすすめしたいのが「美丈夫」です。田野町の蔵元の浜川商店さんのお酒で、すごくすっきりしていて飲みやすいんですね。ぜひ飲んでいただきたい。飲んだことあるかもしれないですよね。

うえやま:はい、あると思います。ただ僕の腹はこういう状況で、このままいくと縦だか横だかわからないお腹になりそうなので糖質制限をやっていて、これでも少し痩せたんですよ。日本酒は糖度が高いのでなるべくひかえて、蒸留酒は大丈夫なのでハイボールとか焼酎にいくんですけど。おいしい和食を食べているとどうしても日本酒が飲みたくなる。だからそんなにおいしくないときはいいんです(笑)。この店そうでもないなと思ったらハイボールでもいいし、この店おいしいなと思ったら日本酒ちょうだい、となります。

大藤:焼酎は、高知でしたら「栗焼酎ダバダ火振」があります。

うえやま:飲みました、おいしいです。栗の香りがして。なんでダバダと言うんだろう。

ダバダ、ダバダ、ダバダ〜(笑)「11PM」でしたっけ。

大藤:ありましたね、懐かしいですね(笑)。ダバダは四万十町ですね。味も香りも栗そのもの。女性でも飲みますから、高知県民が大好きな栗焼酎じゃないかと思います。

うえやま:デザートのような香りの焼酎で、おいしかったです。


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▼子どもの頃から目指していた漫画家への道のり。

大藤:そんなお酒が大好きな先生の漫画と言えば『クッキングパパ』が有名です。改めて、これまでのご活躍を紹介していきたいと思います。先生は幼い頃から将来漫画家になろうと目指していたんでしょうか。

うえやま:はい。中学一年の時には漫画家になろうと思いました。夏休みの終わり頃です、はっきり覚えています。

大藤:なにか、きっかけがあったんですか?

うえやま:宿題が山ほどたまりまして、「どうして宿題をしなかったの!」と言われて半分泣きながら宿題をしながら「いやだ、いやだ」と。「そうだ、漫画家になろう、漫画家になったらきっと毎日楽しいことばっかりで、こんな嫌な思いはしなくていいだろう」と単純にそのとき思ったんです。毎日漫画を読んで描いていればいいから楽しいんじゃないかと。ほんとにそれから漫画家になろうと思ったんです。その前も漫画は大好きで、小学校4年頃から漫画のようなものは描いていましたね。6年ぐらいになると大学ノートに何ページもボールペンで描いて。中学1年ぐらいになったときに漫画仲間から「ちゃんとケント紙に墨汁でこういうふうに描くんだよ」と。「これを読め!」と言われたのが石ノ森章太郎先生の「マンガ家入門」でそれを読んで。ちょうどそのときに、手塚先生が虫プロから出された「COM」という漫画が出たんです。中学1年の時にそれが全部重なったので本格的に漫画家を目指そうと、どっぷりはまっていきましたね。

大藤:宿題の合間に読まれたり、学校の帰りに読まれたり。

うえやま:そう、読むのは大好きで、小学校の小さい頃から漫画ばっかり読んでいたそうです。漫画を書きだしたのは4年で、「サイボーグ009」を見てからで、ちょうどそれが始まったんですね。それにかなりショックを受けて、真似して一生懸命描くようになりました。中学1年になって初めて漫画のちゃんとした描き方を知って「COM」の「火の鳥」、石ノ森先生の「ファンタジーワールドジュン」、永島慎二先生の「フーテン」というのを描いていたんです。その三つを読むと、漫画ってすごい!と思うと思います。中学1年の時にそんなのを読んじゃうと。

大藤:今日来られている方の中にもその作品を読まれている方、多いと思います。

うえやま:僕らの年代だとそうだと思います。そのまままっしぐらに漫画の方に行きましたね。

大藤:高校を卒業して大学に行かれて、すぐに漫画家になったわけではないですよね。

うえやま:そうですね、(漫画家は)試験があるわけでもないですからね(笑)。中学1年から大人になるまで福岡の田舎にいたので、どうしたら漫画家になれるんだろう、ということをずっと考えながら。高校では美術部と文芸部に入って、文も絵も上手くなりたいなと思って。大学は大分の芸術短期大学で、ちゃんと絵画は習っておこうと。そういうことをしていました。そのあとはとにかく東京へ行きたかった。一応、高校の時に一回、大学の時に一回、投稿したんですが、箸にも棒にも引っかからず駄目だったんですが諦めない。とにかく東京に出てみないとわからないという気持ちがあって、僕は教職を取っていたので、横浜の中学の先生に何とか引っかかって一年間だけ。美術の先生でクラスは持たなかったんですが親は喜びましてね。「おまえが中学の先生になれるとはな」ってお金を出して「頑張ってこい!」って。一年で「やめたよー」って言ったら寝込みましたけどね。

大藤:けれどもまだ漫画家デビューはされてなくて、一気に収入が不安定になるわけですよね。そこに不安や迷いはなかったですか。

うえやま:いっぱい迷ったし、不安だし。だけど、学校の先生を続けるのはよくないと思ったんですよ。僕は漫画家になりたいために学校の先生を利用したような感じなんですよね。夏休みがいっぱいあるから漫画をいっぱい描きためて、子どもは間近で観察できるし、漫画家になるのにとてもいい仕事じゃないかと思ったんです。勤めてみると学校の先生はすごい責任があるんです。教育者じゃなきゃいけない。僕は、漫画家になりたいだけだから、行ってすぐに「あっこれはいけない、これはもう辞めなきゃいけない」と。次の年の希望で「うえやまくんはどうするんだ」と聞かれて「はい、辞めます!」。校長がほっとしたような顔をしていましたけどね。(笑)

大藤:でも、わからないですよね、もう何年かいたら子どもたちとすっかりなじんで、よかったなと思ったかもしれない。

うえやま:そうですね、子どもたちと接するのはとても楽しかったですね。僕は短大を出たので二十歳でしたから、中学3年とは5つくらいしかかわらないんで、よく悪僧が遊びに来て一緒にインスタントラーメンを作って食べたり、そういうことはありました。

大藤:でも、迷いや不安があっても、漫画家になりたいんだという強い思いがあって教師を退職された、そして次に行動したというのは大きな決断力でしたね。

うえやま:そうですね、辞めたということが自分のメリハリになった。「俺は漫画家になるために辞めたんだから、それがいやだったら教師を続けときゃよかったじゃん」と。どこか他のところへ行っても「絶対漫画家になるぞ!」と。なんか「漫画家になります!」と言って(中学校を)辞めたらしいです。僕はあまり覚えてないけど、生徒の方が覚えていて。

 

▼東京で就職したあと福岡に戻り、本格的な活動をスタート。

大藤:退職されたのが21歳。漫画家デビューされたのはいつですか。

うえやま:25歳ぐらいです。

大藤:4年間は苦労されたんですか。

うえやま:うーん、デザイン事務所に2年くらいいて、それからそこを辞めてフリーになったという感じですね。でも僕は30歳くらいまで食えないと思っていたんで。石ノ森先生の本とかいろいろ読んでいると、はじめからぽんと漫画家になって、ぽんと売れるとは思ってなかったから。30くらいまでは食うか食わずかになるだろうなと。30過ぎたらそのあとは絶対いいとは思ってないですけど、そのくらいまでは頑張ろう、という頭はありました。別に辛くはなかった、死ぬようなことはないから。デザイン会社にいたからカットやイラストの仕事はやめても来るし。そうやってなんとかほそぼそとしながら、ネームっていう、アイデアを描いては出版社に送ったりしていました。

大藤:その間にプラーベートでは結婚されたんですね。

うえやま:はい。一緒に住んでいましたし、25ぐらいで結婚しましたね。ぜんぜん食えてなかったですけどね。俺はいいけど奧さんは苦労したと思います。24くらいで福岡に戻るんですけど、東京にいた間は、集英社さん、小学館さん、少年画報社さん、講談社さん、いろいろアイデアができたら持って行っていましたね。22くらいの時に手塚賞の佳作をもらったんですね。24くらいの時に小学館の一般部門で佳作をもらって、ほそぼそとやっていたとうことですね。

大藤:福岡に戻られたのはなぜなんでしょう。

うえやま:福岡に奧さんが先に帰っちゃったんで、じゃあ、俺も帰ろうかなと。東京に3年くらいいて、なんとなく東京はわかったと。「東京に行くぞ!」という感じで行ったんだけど、九州人はシャイっていうか僕もシャイだったみたいで、東京に行くと萎縮していたのかもしれないですね。東京にせっかく行ったんだから、毎週漫画家の先生のところに行けばいいじゃん。「僕こんなのを描いています!」とか「手塚先生こんにちは!」とか、「石ノ森先生、僕はこんなもので!」とか。そうはできなかったんですね。デザイン会社の残業につぐ残業でだんだん疲れてきて、日曜日はビール飲んでゆっくり休もうみたいな生活に疲れていくっていうんですかね。東京で漫画家目指してやるぞ、というのとなんか違うなあというのもあって。その頃に、ちょろちょろと福岡に帰っていると、環境の違いというか、その頃魚釣りとか好きになって、こっちがいいかなと。帰っているうちに東京に帰らなくなりましてね。福岡でも描き上げたら送るというイラストの仕事はできたので。そしたら、福岡はけっこう漫画の友達とかすぐできたんです。都市圏が狭いから新聞に描いたりするとすぐ反応が来て、「これ、うまくかけっちゃん」とか、「今度飲もうやー」みたいな感じになってきて、こっちの方が自分に合っているんじゃないかな、という気がして。

大藤:それで戻って来られたんですね。しかも、山の中にこもって創作活動をされたとお聞きしました。

うえやま:そうやっているうちに東京の出版社から仕事が来たんです。少年チャンピオンとかキングとか。ほぼ同時に両方から来てえらいことになったんですけど。半年間、『ガッツべんけい』という原作つきの漫画を少年チャンピオンでやって、何となくあまり人気も出なかったし。原作は牛次郎さんというベテランの素晴らしい原作者さんです。半年で人気もなく終わって自分でよく見たら、ほんとにへたくそなんですよ。毎週の週刊誌で原作に振り回されて。こんな絵で半年やっていたのかと。自分ではもうちょっとうまいと思っていたんです。それで、じゃあもう一回やってみようと思って。そんなときに「山の奥に家があるよ」という話を聞いたんです。その家は福岡の山奥で遊びに行ったことはあってとてもいいところで「いいね」って言ったら「住む?」って。「じゃあ、この家100万円」。庭と古民家が付いて100万円だったら何とかなる。みんなから借りまくって。

大藤:即決で、ここに住むと。

うえやま:そう、山に戻って最初のアシスタントも辞めて、最初のコマ枠から、消しゴムかけ、ベタ塗り、全部自分でやってみようという気持ちになったんですね。

大藤:すごいですね、決断力が毎回。退職されたときの決断力もそうですし、3年間住んでそのあと福岡に戻ろうと思った決断力、そして福岡の中でも山の中に住んで、この家を購入しようという決断力というすべてにおいて。

うえやま:決断力(笑)。山に行った瞬間、ここじゃ何も描けないかもしれないなと思ったんです、ほんとに山の奥だったから。でも、流行とかファッションとか、そういうのとまったく関係ない村だったから面白かったんです。僕は博多の人間ですが、ぜんぜん知らなかった面白いことがいっぱい転がっていて、ここから東京に向かって漫画を描こうと。こっちから東京の人に「こんなの知ってる?」みたいなね。「九州の片隅にこんな面白いことがあるんだよ」と発信する。むこうからのはやりすたりはもういい!無理、追いかけようったってこの場所じゃね。こっちからむこうに面白いものがあるよと。

大藤:先生が福岡で創作活動をされている頃は、まだ地方で活動されている人は少なかったんじゃないですか。

うえやま:うんでも、ぱらぱらいました。四国では高知の青柳裕介先生とか、そういう先生たちがいました。僕が始めた頃にファックスがだんだん普及してきてやりやすくはなってきたんですけどね。


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▼30年以上続く『クッキングパパ』には読者をひきつける魅力がいっぱい。

大藤:そしていよいよ1985年、『クッキングパパ』の誕生で、ここから30年もの長い間、愛される作品となります。改めてどういった漫画でしょうか。

うえやま:家事をするお父さんがおいしい料理をいっぱい作る漫画です!

大藤:全部で今現在、139巻。

うえやま:今月、もうすぐ140巻が出ます。よろしくお願いします。

大藤:みなさんぜひ手にとってみてください。30年という長寿漫画なんですが、すごいことですよね。

うえやま:30周年の時にみんなからそう言われたから、すごいことなんだろうな、なんて。でも僕はもう、毎週毎週ただひたすら料理を作って食べて描いて、描き終わったら次の料理、それをただ繰り返してきただけなんですよね。

大藤:愛される理由を掘り下げていきたいと思います。さきほどおっしゃったように新しいメニューを思いついたら実際に作られているそうですね。

うえやま:そうですね。だけど、近所のおばちゃんにも教わるし、プロの料理人にも教わるし、クックパッドも見るし。いつもアンテナがクルクル回っていて、なんか面白い楽しい料理はないか、そのためだったら外国にも、日本中どこでも行きます。

大藤:30年前に誕生したということで、ちょうど、私が誕生した頃からなんです。手にとって読んだりもしました。とてもほのぼのとしたアットホームな漫画だなあと読むたびに感じます。

うえやま:最初の担当と話をしたときに「こういう路線で行きましょう」というのをだいたい決めたんですけど、担当さんは僕の性格をよくわかっていて、「この話はあまり事件は起きない。青年誌だけどエッチはない。パンチラもない。そういう路線で行きましょう」と。僕もそれがいいと思っていたんです。無理に事件を起こしてキャラクターをいろんな目に遭わせるというのは、なんか、あんまり好きじゃないなというのもあったんで。最初は難しかったですよ、事件を起こした方がらくですよ、漫画の作り方としては。のほほんとして「今日は天気がいいから肉を焼いて食ったらうまかった、おわり。」そういう漫画ですから。

大藤:クッキングパパが作った料理、本当に食べたくなるんですよ。お腹がすいてきちゃいますし、自分でも作ってみようと思わせてくれるレシピなんですよ。

うえやま:それが狙いですから。1400やっているから中には難しいのもありますが、基本はぜひ作ってもらおうと。『クッキングパパ』を読んでそのまま本を置くんじゃなくて、本を広げて冷蔵庫を開けて、じゃあ作ってみようってなって「あっ、おいしいじゃん!」という、漫画とのつながりができたらうれしいですよね。特に『クッキングパパ』の最初の方は、「冷蔵庫にあるものでできますよ」というメニューをなるべく選んで。(材料も)これがないとだめ、じゃなくって、なかったらこれでできるよ、という方向で。「とにかく僕の漫画を読んで作ってみて」というコンセプトですね。

大藤:そう聞くと改めて作ってみたい気持ちになりました。

うえやま:「一気にぶち込めと!」か、そういう言葉を初期の頃は使っていましたね。あんまり細かいことを言わないで「どんどん、片っ端から食っていけ!」とか。あのレシピページってけっこう細かいでしょ。読んで「ああ、めんどくさい」と思われない、「読みだしたら一気にここまで読んでしまった!」というレシピをすごく意識していましたね。

大藤:みなさんご存じだと思いますが、非常にわかりやすいレシピになっています。

うえやま:今は、レシピ係の担当さんがアシスタントでいるんですけど。長く勤めていた人が(会場の)あそこらへんにいます。無茶を言うんです。「小学校4年生も見るレシピ、でも大人も読むレシピ」。料理の作り方も「ただ説明じゃだめ」と俺は言うんですよ。「ただの説明だったらそれはただのレシピだからそうじゃないよ」と。小学校4年の女の子が「私もつくってみたい!」と思うレシピを考えて、という無茶を言いますから。

大藤:また、ストーリーの展開もいろいろと工夫されていますね。料理の紹介だけじゃなくて、ガイド本のような。

うえやま:そうですね、いつのまにかそういう役割が。福岡に来たときに『クッキングパパ』に出ていた店を訪ねる人がけっこう多いんです。実際にある店とない店があるんで読者からブーイングが来ているんですけど。よく似た名前だけど違うとか。特に初期の頃は(架空で)作った店もいくつかあるんで。「来んしゃいや」という店はありません。「ひとみ」という屋台もありません。すいません。

大藤:ガイドブックの先駆けのように思いました。

うえやま:一昨年、『クッキングパパ』の福岡のガイド本が出ましたよね。

 

▼アニメがスタートし、「おにぎらず」もここへきて大注目!

大藤:そしてなんと言っても、大ヒットしました「おにぎらず」ですね、2014年秋以降話題になりましたが『クッキングパパ』に載ったのは、けっこう前なんですよね。

うえやま:ええ、25年くらい前で、『クッキングパパ』の23巻ですね。

大藤:時間があいてからの大ヒットとなりましたけど、ビックリされましたか。

うえやま:うん、何事かと思いました。あれはうちのかあちゃんのアイデアですよ。炊きたてのご飯はあつあつで握れないから、海苔の上にご飯をぱんっと広げてぱぱっとたたんで作っていたんですよ。「それいいね、漫画に描いていい?」それで握らないから「おにぎらず」と名前をつけたんです。すごいブームになって「おまえがもともとなんだからテレビに出る?」って聞いたら「いや、あんたが全部出て」ということで。本当はうちの奧さんがおにぎらずを作ったんです。

大藤;お弁当にもいいですね。時間がなくてもこれだったらすぐに作れますよね。そのおにぎらずの翌年、1992年にはアニメ放送が始まりました。さらにお忙しくなったんじゃないですか。

うえやま:うーんまあね。アニメ放送は今でもどこかでやっているみたいですね。海外でもね。東南アジアの人々は「クッキングパパで育ちました」とか。アニメの力はすごいなと思いますね。

大藤:アニメのこだわりはありますか。

うえやま:僕はオタク系の人間じゃないので、アニメにつてはあまり詳しくないんですが、なるべく原作を生かしてねと。でもアニメにはアニメの作り方があるんですね。幼稚園からお年寄りまでみなさんが見るから別物だし、お嫁に出した作品だと思ってハラハラしながら見ていました。僕は原作者で、脚本はすごく有名な雪室さんがちゃんと作ってくれて、どう変わったかな、という感じでハラハラドキドキしながら見ていました。

大藤:登場人物の声優さんに、福岡出身の芸能人の方を希望されたとうかがいました。

うえやま:僕は、そのへんはタッチしてない。すいません。

大藤:そして、アニメ化されただけでなく、『クッキングパパ』の料理本を発売されたり、福岡にある会社とコラボされたり、こういったものも発売されて、幅広く愛されているなと思います。

うえやま:うん、ありがたいことです。

大藤:ほかに描いてみたい題材の漫画はありますか。

うえやま:『クッキングパパ』が終わったら考えようと思いますけどね。あれ手間がかかるんです。料理をまず作ってそれから一週間丸々なんで、次に何をしようということは頭にあまり浮かばない。描き上がったらとりあえず一日ぽけーっと休んで次の日は料理って感じですもんね、毎週毎週。いつか「もういいよ」って言われたら次の作品を考えてもいいかなと思います。

大藤:なるほど「もういいよ」を待っているんですね。

うえやま:うんまあ、もういい年ですからそろそろね。手がプルプルなったらとか、わかんないですけど頑張りますよ、まだまだ。だから『クッキングパパ』をやりながら大好きな絵とかは、別にちゃんと描いていきたいなといつも思っています。

大藤:先ほどの小川悦司先生のトークショーで、先に料理レシピを考えてから絵にするパターンもあれば、絵の描写を考えておいてそこから逆算でレシピを作っていくこともあると言われたんですが、先生は基本的に先にレシピを作られてから絵にする。

うえやま:そうですね、僕は料理が一番最初です。料理を作りながら話を考えていく。「面白い馬鹿みたいな料理ができたぞ、これは田中に食わそう!」とか「意外と素敵な料理になったからかわいい女の人が食べた方が絵になるなあ」とか「これは子どもでも作れそうだなあ」とか、そういう感じで漫画の頭が動いていくというか。

大藤:なるほど、漫画家によっていろいろとやり方が違うんですね。

 

▼これまでの「漫画家大会議で」考案された料理が実際に登場!

大藤:さてここからは、会場のみなさんに高知の食材をリクエストしてもらって、先生にオリジナルメニューを即興で考えてもらいたいと思います。先生よろしいでしょうか。

うえやま:ええ、どうなることやら。

大藤:先生には以前にこの漫画家大会議で二つのメニューを考えていただきました。その一つが高知の名産のピーマンでつくった「とっさのカナッペ」。

うえやま:(にんにくの)ぬたを使いました。

大藤:ピーマンにぬたって合うんですね。

うえやま:合いますよ。

大藤:(ピーマンは)緑色だけじゃなく赤色もあって、色彩も考えていらっしゃいます。シンプルだけどおいしそうですね。

うえやま:これポイントは、とにかくピーマンを氷につけて徹底して冷やすことなんです。ピーマンがピシーッと引き締まって。ピーマンを冷たく冷やしたら、塩コショーしてオリーブオイルをたらっとかけただけでもおいしい。

大藤:食感がいいんですね、シャクシャクと。

うえやま:のせるのは肉味噌とぬた、クリメンというのは明太子を生クリームでほぐしたやつです。これもよく使うんですが、こういったのをちょっと混ぜてカナッペにするといいです。

大藤:先生、お酒のおつまみにも合いそうです。高知の方きっと大好きですよ。

うえやま:いいですよ。お酒のつまみにしてはヘルシーでしょ。野菜なんですから。

大藤:どんな感じでしょう、ちょっといただいてみたいですね。料理が出てくるということなのでオーダーしましょう。先生と一緒に試食をして感想をうかがいたいと思います。ここに鐘があります、先生、ビストロスマップの中居さんを真似てオーダーをしてください。

うえやま:オーダー!

大藤:「とっさのカナッペ!」

<音楽が流れる中、料理が登場。会場のお客さんには舞台上のスクリーンに映し出された映像で料理を紹介。お客さんの中から希望者二人が壇上に上がって料理を試食したあと、一人の男性が壇上へ。ちばてつや先生です。料理の試食に参加してくれました。これにはうえやま先生も「ありがとうございます」と驚いた様子です。>

大藤:では私もいただきます。おいしいですね。作り方も簡単です。

うえやま:漫画には「とっさのときにいい」と書いていますが、2〜3時間冷やしてください。福岡でこれを出している店があるんですが、そこは、半日氷につけていると言っていました。もう少し肉厚の特別なピーマンを使っているようです。パプリカで作ってもおいしいと思います。

大藤:ぜひみなさん、試していただきたいと思います。他にどういう具材を使ったらいいでしょう。

うえやま:カナッペですから何でもいいと思います。生ハムとか、トリュフとか、キャビア、挙げるとキリがないですね。

大藤:そして、二つ目のメニューです。高知名産のフルーツトマトを使ってコロッケを考案してもらいました。「リョーマの休日」です。

うえやま:オヤジのダジャレですみません!

大藤:これはどうして「リョーマの休日」なんですか。

うえやま:せっかくの土佐にちなんで。さっきの「とっさのカナッペ」もそうなんですけど。龍馬が食べたというわけではありません。(漫画に)「龍馬のトマト好きは有名!」と描いていますが、ウソです(笑)。『クッキングパパ』でまんまるコロッケというのを昔作っているんですが、あれは中がコロッケの具材です。これはそのアレンジで、中がチキンライスやチャーハンです。

大藤:そうですね、ボリューム満点でいいですね。

うえやま:そうです。土佐のトマトの大きさがちょうどぴったり、それから硬さも。揚げてもしゃきっとして、とてもおいしいものができます。

大藤:高知の名産のトマト、いかがですか。糖度と酸味のバランス。

うえやま:うん、すごくおいしかった。二箱ぐらいいただきましたけど、すごくおいしかったです。高知のトマトはちょこっと『クッキングパパ』にも描きました。高知トマトと書いている箱に入った絵を。

大藤:うれしいですね。そのトマトをコロッケにしたということで、小さなお子さんから大人まで幅広く好まれそうなメニューですね。このあと登場します。

うえやま:はい。オーダー!

大藤:「リョーマの休日!」。外がトマト、ごろっと大きいですね。

うえやま:トマトは夏のものなので夏に作った方がおいしいんですけど。高知のトマトは冬のでもしっかりおいしかったですね。トマトをくりぬいて中にチキンライスを入れて衣をつけて揚げたものです。

大藤:チキンライスだと小さなお子さんでも好きそうですね。あと、チャーハンも応用できますね。中を工夫すると違った味になります。

うえやま:あんこも入れてみたんですが、それはやめた方がいいですね(笑)

大藤:さあ、こちらも召し上がってみてください。会場のみなさんも食べてみたい方、ぜひこちらにどうぞ。

うえやま:もともとは中がコロッケのまんまるコロッケなので、コロッケの具材でもいいし、メンチカツでもいいし。ただ、合い挽きだと中までしっかり火を通さなきゃいけないのでまわりのトマトがくたくたになったりして微妙です。チャーハンだと火が通っていますから、ガワだけこんがり揚がればいいので、トマトがしゃくっとしたままできます。チキンライスやチャーハンが余っていたらこれに詰めるという感じでいいと思います。

大藤:これはケチャップ味ですが、ホワイトソースやチーズを使うとまた違った感じになっておいしそうですね。

うえやま:いいですね、そのネタもらいましょうかね。

大藤:使っていただけますか。ドリア風に仕立てるとおいしそうですよね。じゃ、ちょっと食べてみましょう。トマトの酸味がおいしい。後からほわっときますね。

うえやま:オッケーですか。よかったです。あとでゆっくり食べてください。


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▼今回の即興料理はどんなものが登場するか、うえやまワールド炸裂!

大藤:さあいよいよですよ、先生。会場のみなさんから高知の旨い食材をリクエストしてもらって、先生に即興で料理を考えてもらいます。

うえやま:大変なことになりました!

大藤:それでは会場の皆さん、これを使ってほしいという食材を挙手でリクエストしてください。先生が即興でレシピをつくってくださいます。

会場のお客さま:ウツボ!

大藤:ウツボ。先生ウツボのタタキご存じですか。いかがでしたか。

うえやま:あぶらっぽいです。

大藤:その他にないですか。

会場のお客さま:文旦!

大藤:文旦。先生ご存じですか。

うえやま:『深夜食堂』の安倍夜郎さんが福岡に来られたんで博多で飲んだんです。そしたら「ぜひ土佐文旦を食べてみてください」と言って、そのあと一箱送ってきてくれました。すっごくおいしかったです。切り方がのっていたんです。切り込みを入れてかぱっと。あれを器に使った料理ができないかなと思ったところでした。

大藤:他に挙手されている方いらっしゃいましたね。高知ならばこれ、というので先生に作っていただきたいと思います。

うえやま:高知じゃなくてもいい。高知特産と言っちゃうとこだわりになるから。

大藤:そしたら自分が好きな食材でもいいですね。

うえやま:ウツボと文旦だけだったらどうすりゃいい(笑)

大藤:難しいですね。先生。私だったら柚子。

うえやま:柑橘が二つきましたね。

大藤:それかですね、フルーツトマトもしくは土佐赤牛。お肉もいかがですか。召し上がったことありますか、土佐赤牛は。

うえやま:ええ、食べましたよ、おいしかったですよ。

会場のお客さま:大根、生野菜!

大藤:はい、いただきました。いかがですか先生。うつぼ、文旦、柚子、赤牛、大根、生野菜。

<二人でトークしながら絵を描いていくうえやま先生。描いていく様子はスクリーンに映し出されています。土佐文旦をくりぬいて器にし、その中にリクエストの食材を切って入れて器ごと蒸したもの、という料理の漫画が完成しました。>

うえやま:「土佐蒸し」です。

大藤:お味はどんな感じになるんでしょう。

うえやま:わかりません。ただ、ウツボは白身であぶらっこいんですけどあっさりした身なので邪魔しないと思うし。緑はパセリの方がいいんじゃないかと思います。ニラだとちょっと強すぎるかなと思って、蒸したあとに散らします。どうでしょうか。

大藤:トマト、ウツボ、大根が入っていますね。そして器が文旦。

うえやま:はい、文旦は中にも入っています。

大藤:斬新ですね、先生。

うえやま:帰ってやってみようと思います。ウツボの生はなかなか手に入らないですけど、乾燥したのはこっちに売っていますよね。コリコリ食べられるような。あれだと違ってくるかもしれないですけど、これを基本にして作ってみてうまいのができたら発表しようと思います。大丈夫かな(笑)

大藤:楽しみですね、ありがとうございました。先生に即興で考えていただきました。

 

▼漫画家は、楽しいことが世の中に発信できるすばらしい仕事。

大藤:最後に漫画家を目指す若者にメッセージがありましたらお願いします。

うえやま:僕は漫画家になりたいと言ったとき、みんなから反対されました。親はもちろん「なにを馬鹿なこといっとる!」っていう感じでした。学校の先生にも「将来何になりたいの」と言われて「漫画家になりたい」と答えると「うえやまくん、真面目に答えなさい」と。そういう時代でしたね。今思うとそれで良かったと思うんですよ。「漫画家、ぜひなりなさい」と言うんじゃなくて。僕はよく相談されたりするんです「うちの子どもが漫画家になりたいと言っている」と。「だめだめ、なに言っているの」って言ってそれで諦めるようだったらだめですから、それでいいと思うんです。「反対されても私は絶対なりたい」というのなら応援すればいい。漫画家になると売れないのも地獄、売れるのも地獄といいまして(笑)けっこう大変な仕事ではあるんです。でも頑張ったらメッセージを発することができるんですよ。世界中の人が見ていますからね、どうかしたら。「こんなことって楽しいんじゃない?こんなことっていいことじゃない?」ってこっちから言えるんですよ。それが読者に伝わって、読者も「こう思うよ」って言うことができる仕事なんです。そういう意味ではやりがいのある、それで絵が描ける楽しい仕事だと思います。漫画って力があるので、「もっと楽しい世の中にしようよ、いい世の中にしようよ」とメッセージとして出せると思うんです。こんな楽しい仕事はないですよ。みなさん、ぜひ漫画家になって、楽しい世の中を作っていきましょう、という感じです。

大藤:ありがとうございます。大きな励みになったと思います。このメッセージを参考にみなさんも頑張ってください。うえやま先生、このあとはたっぷりお酒を召し上がってくださいね。ありがとうございました。

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