【大会議】「メディアミックスの先駆け麻宮騎亜の世界」トークショーレポート

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更新日 : 2016/03/24

『サイレントメビウス』『快傑蒸気探偵団』『Compiler』など漫画作品だけではなく、イラスト、特撮作品でのクリーチャーデザインなどさまざまな世界でマルチな活躍を見せる麻宮騎亜先生。アニメーター・菊池通隆として、アニメの世界でも独自の世界を切り拓いてきた氏に、ご自身の作品世界をご案内いただきました。


全体

30年目を迎えた 自らの漫画家活動を振り返る


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さきほど「メディアミックスの先駆け」とご紹介いただきましたが、正直申しまして漫画家としては直球で勝負できないので変化球でやってきた、という感じです。ただ変化球でやってきた漫画家生活ですが、今年でちょうど30年目になります。そこで、今回、ぼくがこれまでどういった仕事を行ってきたかを紹介しつつ、現在取り組んでいる仕事と、これからの仕事をご紹介できればと思います。

実は 漫画家としてデビューする前は、本名の菊池通隆として、アニメーターをしていました。途中、漫画の世界に足を踏み入れ、いまは漫画の方を優先して仕事しています。1991年に劇場公開された『サイレントメビウス』、翌年に第2弾となる『サイレントメビウスPartII』が公開され、1998年にはテレビシリーズとしても放映されました。おかげさまで『サイレントメビウス』は、現在でもぼくの代表作となっています。

『サイレントメビウス』の連載を開始した1998年は、まだメディアミックスという言葉自体もそれほどメジャーな言葉ではありませんでした。漫画を描いていくなかで、自分の絵の弱さを音の要素で補てんしたいと思っていて。漫画には効果音やセリフがあるのですが、音とか声はやはりイメージの要素が強く、ぼくとしてはその要素を確定させたかった。そのため『サイレントメビウス』の企画を立ち上げたときから、まずドラマCDを作りたいと思っていました。何よりもキャラクターの声が欲しかったんです。いまでは香津美・リキュールのキャラクターを見ると松井菜桜子さんの声が思い浮かびますし、世界観やキャラクターを作っていくときに、声や音の要素は重要だと思っています。

もう一つ、ぼくの代表作といえば1994年に「月刊少年ジャンプ」で発表した『快傑蒸気探偵団』です。『サイレントメビウス』もそうですが、本作も「サイバーパンク」をモチーフにしています。ただ『快傑蒸気探偵団』は、『サイレントメビウス』とはまったく正反対の方向を意識して制作していました。つまり『サイレントメビウス』はディティールを重視して、ディティールで勝負していたのですが、『快傑蒸気探偵団』はディティールをなるべく少なくして、できるだけキャラクターのシルエットで勝負する、というか。『快傑蒸気探偵団』は自分のなかでは実験に近いかたちではありましたが、それが非常にうまくいったと思います。衣装などのデザイン面でボタンが大きいのは、キャラクターのシルエットを際立たせたかった部分もあるのですが、ぼくが子どものころから好きだった石ノ森章太郎先生へのオマージュとして入れています。テレビ東京で、火曜の18時30分から放映されたテレビシリーズとなり、本当に運が良かったと思います(笑)。

作品を通して新たなジャンルに 挑戦し続けるクリエイターとしての矜持

これまで 漫画からアニメに、という作品をご覧いただきましたが、NHKの方からアニメの企画を、というお話があり、アニメの企画ありきでスタートしたのが『コレクターユイ』です。漫画版はアニメを追随するかたちでしたが、NHKだったので高知県でも放映されていたと思います。『コレクターユイ』はネットの世界を舞台にした魔法少女ものですが、魔法はネットのなかでしか使用できないという縛りを設けて。ちょうど映画『マトリックス』が公開されたのも1999年と同じタイミングで、現実世界の人間が電脳世界に入っていくという設定は似ていたので、「国は違えども、みんな同じことを考えるな」と思いました。『コレクターユイ』は、女の子向けに作ったつもりでしたが、女の子だけではなくて大きなお友達もたくさんついてくれて、それはそれで非常に良かったなと思っています。
『サイレントメビウス』がヒットしたあと、講談社から、漫画の連載をお願いされました。何をやろうかと考えたときに、やっぱり同じような作品は描きたくなかったので、ぜんぜん違う方向性にしたいな、と思っていて。当時個人的にクレイジーキャッツの映画が大好きで、植木等さんを啓蒙していたんです。あのバカバカしさを漫画にできないかと思い、それをかたちにしたのが『Compiler』です。掲載誌だった「月刊アフタヌーン」の編集長から、「この作品、よく分からないから好きにやっていいよ」と言われて。そのためネームでの直しはほとんどありませんでした。だいたい描いたら全部OK。なぜなら、分からないから。こちらにしてみれば、本当に楽しい仕事でした。
『Compiler』には『東京仮面練馬クイーン』という劇中漫画があります。簡単に言ってしまえば『美少女戦士セーラームーン』(以下、『セーラームーン』)のパロディですが、いまにして思えば、これも地域限定ヒロインの先駆けですね(笑)。練馬クイーンは練馬区だけ、港クイーンは港区だけ、板橋クイーンは板橋区しか守らない、という地域限定ヒロインです。「月刊アフタヌーン」で連載していて『セーラームーン』のパロディだから、原作者の竹内直子先生にデザインをお願いしました。練馬クイーンと港クイーンは竹内直子先生のデザインで、タイトルの『東京仮面練馬クイーン』のロゴは、『セーラームーン』のロゴデザインを担当している方にお願いして。徹底的にパロディ化しています。当時、竹内直子先生と一緒に仕事していた縁もあって、お互いにお互いの絵を描いて交換し合ったりもしていました。

さて、漫画とアニメの仕事を取り上げてきましたが、ほかの仕事についてもご紹介しましょう。アメリカンコミックの仕事もいくつか行っております。『スター・ウォーズ episode1ファントム・メナス』公開のとき、映画のシナリオをもとにコミカライズした仕事があります。この縁で、その後もアメリカンコミックで『スター・ウォーズ』の漫画をいくつか描かせていただいきました。もともと『スター・ウォーズ』は大好きだったので、ファン冥利につきる仕事でした。もっともepisode1の公開に合わせて、2ヵ月で160ページ描かないといけなくなり、結果、ラスト8ページを落としました。ぼくとしては、スタッフをとるか、仕事をとるかの究極の選択だったのですが、スタッフの体をとったんです。それこそ2ヵ月で1日しか休みがない状態でしたし、これ以上、無理をしてスタッフを倒れさせるわけにはいかないと思いまして。そんな苦い思い出もあります
DCコミックの方では、『バットマン』の漫画を描かせていただきました。この漫画は講談社の編集さんから「麻宮さんの好きなヒーロー漫画は何ですか? もし描きたいのがあれば自由に言ってください」と言われて、遠慮なく「『バットマン』」と答えたのがきっかけです。当時、DCコミックの方でも『バットマン』を日本で広めたいという思惑があったようで、お互いの利害が一致したのでしょう。『バットマン』を描けたのはよかったのですが、言葉の壁やバットマンというヒーローの捉え方の違いで、先方のスタッフと意見が折り合わず制作自体は苦労しました。
アメリカではDCコミック以外にもマーベルコミックでも仕事させていただけて、『X-MEN』だけは漫画本編も描けました。日本で初めてオリジナルシリーズを描いた漫画家として評価していただいています。『ファンタスティック4』や『アイアンマン』等はアメリカンコミックのカバーアートを手掛けました。いろいろとありましたが、良い経験になったと思います。
2004年9月から連載を開始して、2015年の年末まで11年3ヵ月連載していたのが『彼女のカレラ』です。車をテーマにした漫画ですが、普通、車の漫画といえばバトルものが相場です。が、実際に車との生活を考えると、バトルする場面って本当に少ないんです。洗車したり、税金が高いと文句を言ったり、1円でも安いガソリンスタンドを探したりというのが日常で。そういう日常をテーマに漫画にしたのが『彼女のカレラ』です。『彼女のカレラ』のなかで女子高生レーサー・岬アイカが登場するのですが、正直、主人公の轟レイナよりも人気があり、『ヤングキングアワーズ』2016年2月号から、岬アイカを主人公にした『ZERO ANGEL〜爽碧の堕天使〜』の連載を開始しました。『彼女のカレラ』はメイン車種をポルシェにしていたのですが、今回はスバルのWRX stiという日本車に移して、舞台も横浜をメインに展開する予定です。

好きだという想いが新たな ジャンルの仕事につながる原動力


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話を変えまして、実は仮面ライダーシリーズ生誕40周年記念作品である『仮面ライダーフォーゼ』の怪人デザインを担当していました。『仮面ライダーフォーゼ』の敵組織であるゾディアーツは、星座をモチーフにしているんです。星座は、それ自体で一つ一つに物語があります。その物語をデザインに変換して怪人を作り上げていく、そういう作業でした。もともと星座が大好きだったので、渡りに船みたいな感じでした。『仮面ライダーフォーゼ』には劇場公開版の映画があったんですが、その怪人デザインも全て担当しています。当時『アクマイザー3』『キョーダイン』『イナズマン』などの作品からもヒーローが登場する物語だったので、そのすべてをリライトすることになって。石ノ森章太郎ファンにとっては天国と地獄が一緒に来る、といった仕事でした(笑)。
当時は『仮面ライダー』のスタッフに漫画家として関わったのはぼくが初めてだったので、石ノ森章太郎先生と同列にクレジットされたときは、本当にファン冥利に尽きるというか、そういう思い出があります。
『仮面ライダーフォーゼ』の監督だった坂本幸一監督とのご縁で、韓国の出資で特撮の番組『ガンブレード』を作る予定がありました。現在、頓挫してしまっていますが、この作品のデザインをすべて担当しています。敵側、味方側、変身アイテム、ガンブレードスーツ、銃器などすべて。巨大ロボットも登場予定だったので、それもデザインしています。
特撮の仕事も行いましたが、いま一番多いのは実は作詞の仕事だったりします。ラジオ番組で、自分がプロデュースしているユニットがあり、そのユニットの作詞を担当しています。
また最近だと、『宇宙戦艦ヤマト2199』で20数年ぶりにアニメの仕事を行いました。ぼくはもともと『宇宙戦艦ヤマト』がきっかけでアニメーターになろうと思ったので、このお話をいただいたときは本当にうれしかったです。テレビ版の2回目のエンディングイラストはぼくが描いたイラストで全て構成されています。制作会社のXEBECの社長である羽原信義さんとは数十年来の親友で、『宇宙戦艦ヤマト2199』の監督である出渕裕さんとも仲良しなので。原画、レイアウト、いろいろと担当させていただきました。総じてぼくの仕事は、ご紹介してきたように「好きだ」ということを常にアピールする、「これが好きなんです」「あれが好きなんです」と漫画家としての活動を続けながら自己アピールを行い、自分で自分をプロデュースするかたちでフリーランスとして長く活動できてきたのかな、と思っています。

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